ポーランドを語る上で避けては通れない歴史があります。
第2次世界大戦のナチスによるユダヤ人の虐殺です。
今の時代では考えられない、恐ろしいなんて言葉いいようもない残酷な歴史です。
そんな歴史を今も伝えている場所、それがアウシュヴィッツです。
学校の授業でも必ず取り上げられますが、私は子供の頃に見た「ライフイズビューティフル」という映画の印象が強いです。
当時あまりテレビをみて泣かない母が泣きながら観ていたことも覚えています。
その後、アメリカのワシントンDCにあるホロコースト博物館に行ったときは、映画ではなく実際の強制収容所の映像をみました。
おそらくユーチューブとかでは見ることができない映像。
もう一度見たら忘れられないような映像です。
人間が人間にする行為として、これほどまでに残酷なことがあるのだろうかと。
なんともいえない気持ちになりましし、身体も少しおかしくなりそうな気分でした。
今回も直前まで、行くか迷ったのですが、実際にこの目で見ておこうということでクラクフから行くことに。
アウシュヴィッツへはクラクフからバスで行くことができます。
1時間に2、3便出ているということで、問題なく座っていけるだろうと思っていたら、あっという間に満席です。
夏のシーズンは特に行く人が多いのですかね。
大体1時間半くらいで現地へ到着します。
お昼くらいに到着したのですが、すごい行列でした。
人数制限をしているようで、3時間以上待つという。
ガイド付きのツアーもあるのですが、もうこれは完売とのこと。
まだお昼なのに。
あちこち芝生で待っている人もいたのですが、3時間以上もその場にいるのも大変なので、はじめにビルケナウへいくことにしました。
ビルケナウ
ビルケナウまではアウシュヴィッツからバスで行くことができます。
距離にしても2kmくらいなので歩けない距離ではないですが、夏は陽ざしを避けるところもないですし、体力がもたないので、バスを待ったほうがよいと思います。
1時間に何本かでていました。
このビルケナウ。
とくにかく広いです。
アウシュヴィッツでは収容できなくなったユダヤ人の第2収容所として建てられたそうで、
この広大な土地にバラック(収容者の居住スペース)が300棟以上あったそうです。
なんとここで命を落とした人は百数十万ともいわれております。
これは「死の門」と呼ばれています。
このビルケナウにはバラックの中にはいることができます。
ベッドやトイレなどがあるのですが、驚くべきは一つのバラックに収容されていた人の人数。
想像するに相当な人口密度だったのではと思われるような人数でした。
健康な人が健康な食事をとることができたとしても病気になっていまうのでは、と思うほどです。
収容所に連行するために使用した列車なども置かれております。
記念撮影をしている方もいましたが、すぐに近くにいたガイドに注意されておりました。
ここは決して観光地ではありません。
忘れてはならない歴史を伝え続ける場所なのです。
ドイツ軍が証拠隠滅のために破壊したガス室に後も残っていました。
アウシュヴィッツ
こちらはアウシュヴィッツです。
収容所の入り口の門です。
「働けば自由になる」と書かれています。
僕らはガイドなしで自由に展示を見て回りました。
ガイドの説明を聞き、涙ぐむ人、具合が悪くなってしまう人もいるようでした。
パネルには様々説明書きはありますが、写真も多く展示されています。
おそらくその写真を見るだけも当時の恐ろしかった現実がわかると思います。
また、実際に収容所に連れてこられた方の靴やカバンなどが集められた展示もありました。
実は毛髪が同じように集められた展示もあったのですが、こちらは撮影禁止です。
仮に撮影禁止されていなくともシャッターを押すのはためらわれるような展示でありましたが。
「死の壁」と呼ばれる銃殺用の壁にはたくさんの花が今でも置かれています。
アウシュヴィッツ、ここはもう他とは空気感が違う場所でした。
日本にも広島の原爆ドームがありますし、こうした忘れていけない人間の負の歴史は、今後2度と
同じ過ちを起こさないためには貴重な存在なのだと思います。