1週間の短くも貴重な留学経験~フィジー編~

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今年も終わりですね。
今年は娘が3歳になり、親として初めての運動会に感動したり、両親の古希祝いで家族全員で旅行に行ったりと、
とても印象的な1年でした。
そして、自分も10年以上勤務した職場から転職をし、英語も使いながらの仕事をして何とか1年が終わりそうです。

今更ではありますが、英語に初めて触れるきっかけとなったフィジー留学について振り返りたいと思います。
2013年のことですので、もう10年以上も前のことになりますね。

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●留学までの道のり

今でこそ大学生の時に留学をする人は少なくありませんが、私の学生時代は留学をする友人もいなく、その選択肢すら考えたことがありませんでした。
その後社会人になり、仕事仕事の毎日で海外旅行にすら行っていなかったのですが、会社を退職して海外に留学に行く同僚なんかも時々現れ、少しずつ興味を持つようになりましたが、留学に行けるようなまとまった休暇を取得することも難しく、いつの間にか日々は流れていきました。

その後、自分も新卒で入社した会社を退職することに。
滅多にない長期休暇のチャンスということで1か月間の留学を申し込んだのでした。
しかし、その時は結局、仕事を優先することになりキャンセルをすることに。
(退職の仕方は大事です。仕事に責任をもって最後まで務めたことに後悔はありません)

1か月間は無理でも何とかして一度は留学に行ってみたいという思いは捨てきれず、転職先の職場で10日間の休暇を取得、わずか1週間の期間に短縮となりましたが、プチ留学に行くことになりました。

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●フィジーに決めた理由

フィジーに留学にいった知り合いから話を聞いたことがあったことがきっかけにフィジー留学を知りました。
知らなかったのですが、フィジーの公用語は英語のようです。
そういえば、国旗にもイギリス国旗が含まれていますね。

それに、アメリカやイギリス、カナダは、今後も何かの時に行く機会はありそうな気がしましたが、フィジーは有名な観光地ではありますが、今後の人生で行くことはないかもしれないと思い、留学はよい渡航の機会だと思いました。
暑い気候も好きでしたし。


ちなみに、フィジーというときれいな海のあるリゾート地のイメージがあると思います。
私も、そんなリゾート地に向かう玄関先にようなところに足を運びましたが、そうした島へはいくことはできませんでした。

初めての南半球で、初めての小型機での移動もあり、不安もありましたが無事に到着したときはうれしかったですね。
近代的な国とは違う雰囲気もなんか好きでした。スクールに行くまでにバスからの景色は、自然がいっぱい。
初めての雰囲気は新鮮で、これからの滞在に対する期待も高まりました。

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●スクールでの学習

サウスパシフィックフリーバードというスクールを選択しました。
当時はナンディとラウトカの2つの街でスクールを運営しており、私はラウトカキャンパスで学ぶことになりました。
ラウトカはフィジー第2の都市ですが、日本の都市とは比べ物にならないくらい田舎です。
それでも、街には人が集まり市場も活気がありました。

教室はレベル別になっておりましたが、特別な英語学習をしていなかったにも関わらず、私はなぜか比較的上位レベルのクラスの配置となりました。
20代であったこともあり、大学受験の時の貯金があったのでしょうか。

クラスメイトのほとんどは大学生でした。
ちょうど夏季休暇期間ということで留学で英語力などを身に着けるために来ているのだそうです。
意識が高くてすごいですね。
私なんか、学生時代は東京の様々な地を巡ることで満足しており、海外留学なんて考えもしませんでした。

その他、大学生ではないですが、長期間フィジーに滞在している仲間もいました。
大学を卒業して就職して、その後はずっと社会人生活を考えていた自分にとっては、こうして海外に長期滞在している仲間の存在は新鮮でした。

スクール内は学生寮と併設されており、スクールで2回日本語を使用した場合は退学するという条件が課せられていました。
日本人ばかりのスクールですから、そんな条件はほとんど守られないよね、、と考えていましたが、意外にもスクール内では日本語を使用しないことが守られていました。
英語がすごい堪能という学生ばかりではないので、スクール内での英語には何とかついていくことができましたし、英語で話す習慣がついたことは、英語力を伸ばす上でも役に立ちました。
先生も生徒も熱心で、活発な議論が行われることもあり、マンツーマンではありませんが、十分に英語に触れることができたと思います。

●ホームステイの感想

スクールから徒歩で40分くらいの所にあるパイロットの父、公務員の母、3人の娘という家族の元へ滞在しました。
フィジーには大きくフィジー系の民族とインド系の民族がおり、ホームステイ先はそのどちらかの民族の家に滞在することになりますが、私の滞在先はフィジー系の民族の家でした。
ちなみに、フィジー人の挨拶は「ブラ!」です。

インド系の家では毎日がカレーと聞きましたが、フィジー系はなんだかよくわからない料理が毎日出ていました。
まずくも美味しくもない、そんな料理です。
宗教はキリスト教なので食事の前は毎日お祈りの時間がありました。
私の帰国前日の夕飯の時には自分の今後の幸せを祈ってくれたことが印象に残っています。
嬉しいですね。

さて、フィジーは公用語が英語なので、家族の話すことは時々が理解できましたが、現地語も多く使用されているのか、私の英語力の問題なのかはわかりませんが、ほとんどの言葉は理解できませんでした。
英語といってもやはりまなりがあるためかもしれません。

部屋は6畳くらいのスペースで、結構広いですが、夜にはゲジゲジのような虫も出てくるので、気になる人は滞在できないと思います。
トイレットペーパーはマストアイテムだと渡航前に聞いており、常に持ち歩いていましたが、家の中には用意されていました。
洗濯も毎日するのですが、日差しが強いので服もあっという間に傷みそうでした。

それでも、夕暮れの景色、早朝の鶏の声と、何かの宗教の祈りの声が響き渡る住宅に異国感の雰囲気を感じる日々はよいものでした。

ただ、困ったこともありました。
1つは犬の問題。
放し飼いなのですが、帰宅の度に襲い掛かってきます。
かまれることはありませんでしたが、大型犬なのでいつも恐怖を感じ、素早くドアの中に飛び込んでおりました。
番犬でしょうか。
そういえば、フィジーの住宅には柵が設置されている家ばかりでした。
田舎でのどかな雰囲気がありましたが、治安はそれほどよくないのかもしれません。

もう1つの問題、それは子供たちの存在です。
多分小学校低学年くらいの子なのでしょうが、お菓子を毎日求められます。
立派な家でしたので物乞いなどとは違います。
街のスーパーでいくつか買ったものはほとんどあげてしまったのですが、それでも求めてくるのです。
多分、両親は買い与えることを制限しているのでしょうかね。
お菓子はもうないというと、何だか変な言葉を投げかけつつ、手も出してきます。
ほんとにしょうがない子たちです。
時々、その様子をお手伝いに来ている住人(家族だか、親戚だとか言っていた気がします)が注意をするのですが、気づかれないところで、毎回、お菓子を要求されるので結構疲れました。
どうも、以前に同じ部屋でホームステイしていた日本人は気前がよかっただそうです。
子供たちも、親の前ではよい子にしているので、小さい子とはいえ好きになることができませんでした。
ホームステイというと、家族とよい関係になるイメージがありますが、これも1つの現実です。

●まとめ

観光ではなく、留学。
現地人と寝起きをともにすることで得られる経験があると思います。
それは、必ずしも期待していた経験ではないかもしれませんが、それでも価値のある経験だと思いました。

そして、フィジーのスクールは日本人ばかりではありましたが、普段の生活では出会うことができなかった人たちの出会いでもあり、私にはとても貴重な経験になりました。
海外にいるからこそできた会話もあり、自分とは別の生き方に刺激も受けました。
わずか1週間ではありましたが、その分、濃密で忘れがたい日々となったと感じています。

英語力については、あまり向上したとは言えませんが、学習のモチベーションにはなりましたし、その後のアメリカへのもう少し期間の長い留学にもつながったと思います。

行くかどうか迷うなら、行くべき。
忘れられないとても貴重な経験でした。

アメリカの留学体験記は別の記事で書きたいと思います。

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